釘
「ガードナーは殺し屋ではない。私は断るから、他をあたってくれ。」
私は播井にそう伝え、返答を待たずに電話を切った。依頼を断ったのは、生まれて初めてだった。案外、清々しいものだなと思った。その途端、私は途方に暮れた。
依頼を断ったなら、今の持ち金が無くなったらどうする?ほぼ専属的な依頼主だった播井からの依頼を断ったのだ。もしかすると私は、自ら収入の糸を断ち切ったのではないか?
「今更、そんな事に気づいてもおせえよ。もうお前なんて雇わないからな」と、播井がそんなことを、いつもの厭らしい口調で、自分に喋りかける姿が、ふと脳裏をよぎった。
……しかし、あんな食人鬼の専属雇い主、こっちから願い下げだ。
釘は、次にやるべきことを考えた結果、銃を再び探し出すことに決めた。
翌々考えてみれば、私の収入の糸が断ち切られた可能性を生み出したのは、私ではない。筋違いな依頼内容を、播井を中継にして私に送ってきた老人会。その老人会が、私に殺しの依頼をする引き金となったのが、とある老人に火をつけて殺した犯人だ。即ち、老人を殺した犯人こそ、私の収入設計を狂わせた根源ということだ。
私は、銃がその犯人だとは思っていない。だからこそ、何故〈銃〉が疑われたのかを確かめ、それから真相を暴きたいと思った。
釘はそう思い立つと、すぐにナイフの部屋を後にした。
銃
「誰だ?」
「ナニカです。」
「そうか、何かか。名前は?」
「ナニカです。」
「そうか、ナニカか。」
俺はナニカの頭部から足元までを、舐めるようにして一瞥した。先程確認した後ろ姿と同じ面影がある。相手が丸腰である上に、両手を挙げている無防備状態であることを認め、俺は懐にナイフをしまった。以前、釘という同業者から「ズボンのポケットにナイフを仕込む奴がありますか。」と指摘されたため、それ以来、俺はコートの内ポケットにナイフをしまう様にしていた。
はて、どうしたものか。こういった事態に遭遇した場合、俺はどう対処すべきなのだろうかと悩む所存だった。とりあえず、俺は相手が先に何かを発言するまで待とうと思った。
ナニカ
青黒く、周囲がしんしんとしている深夜2時過ぎの廃屋の中、俺は同業者らしき男と向き合っていた。
首一つ分高い同業者らしき男は、俺をじっと見下ろす。ただ、見下ろす。
俺の視点はぶるぶると震え、ぐらつく。やがて逃げるように、男の真後ろを一瞥したり、自分の足元を見たりして誤魔化した。
逃げ出したい。
脳髄にぐしゃりと貼り付けられる文句がそれだった。廃墟の壁や柱、床と天井が、「逃げ出したい」という箇条書きの文字で埋め尽くされていき、やがて文字と文字の間に隙間が無くなり、どす黒い画用紙をべったりと貼った様な黒さになる。周囲の黒さは、そうして出来上がっているのではないかと心底疑った。
探せ。
死にたくなければ、話題を探せ。
何故か、「男が俺を見逃す」という選択肢が、俺の中では「甘えるな」と言う神の手によってごっそりと毟り取られている。勝手に毟り取るんじゃねえよ!俺は心底、憤慨した。そうして反論した生意気な俺は、神の鉄槌を脳裏にずしゃりと喰らうわけだ。その神の手には彫刻刀によって、やはり「甘えるな」と刻まれており、俺の脳裏には「甘えるな」という凸凹による食い込み痕が付いた。
「あー」俺は言葉にもならない意味のない声を出す。とりあえず出しとく。時間稼ぎのためだ。
死にたくないなら話題を探せ。そう、同業者らしき男にも俺にも共通する……否、全国、全人類に共通する、あの話題だ。
「今日は、良い天気ですね。」
どうだ。
一寸の間を置いて、男は口を開いた。
「そうか、良い天気か。」
掴みは善しだな。俺は内心でニヤけた。逆に、これしか突破口は無かったのだろうか?と、自分の引き出しの無さに、半ば絶望しかけた。
「そう、良い天気なんです。」
「で?」
「で、と言いますと……」
俺は正直、怖気づいた。ああ、俺ここで死ぬかも。と、本気でそう思った。
「何か、用か。」
「あ」
俺はそう言われて初めて気がついた。そうですよね。と、心底そう思った。そして何故、俺はこんなにも焦り、怯えているのだろうか。とも思ったし、そもそも何故俺は「この男に有無を言わさず殺される」などと考えていたのだろうかと、不思議でならなかった。
そして、会いに来た本人が用件を言わなければ、どうしようもないではないか。俺は自分の素行に呆れつつ、「そうだ、名前を聞こう。」と思った。
「ところで」「ところで」
同業者らしき男と発言が被った。俺は「先、どうぞ」と男の発言を促したが、男は「いや、後で良い。」と、やはり低い声で呻く様にそう呟いたので、俺は大人しくそれに従った。
「名前を、聞いても宜しいでしょうか。」
「銃」
即答だった。
これが、銃。と、俺は改めて彼を瞠目した。
手入れという物を知らぬ乱雑に伸び放題の、どす黒い髪。彫刻刀で一直線に刻んだかの様な、鋭く精悍な目元。贅肉の皆無な、見るからに華奢な顔。その反面、大柄な図体が華奢な顔に相まって、特に際立っている。
何故か沸々と頭に上る感情、それが恐怖や畏怖だとか言った、所謂負の感情だった。俺は無意識下で、自ら呼吸を止めていたことに気づく。また、ぶはぁ、と息を吹き返した。
逃げ出したい。逃げ出したい。逃げ出したい。俺は頭の中で、何度もそう復唱する。
強いてその心理状況を喩えるなら、全裸でグリズリーと向き合っている様な、どう足掻いても絶望的な感覚だ。
「おい」
銃が、口を開いた。
「は、はい!」
俺は不自然に上擦った声を上げて返事をした。
「大丈夫か?」
……おい、グリズリーが全裸で震えてるお前を心配しに来たぜ?どうするよ。
「ガードナーは殺し屋ではない。私は断るから、他をあたってくれ。」
私は播井にそう伝え、返答を待たずに電話を切った。依頼を断ったのは、生まれて初めてだった。案外、清々しいものだなと思った。その途端、私は途方に暮れた。
依頼を断ったなら、今の持ち金が無くなったらどうする?ほぼ専属的な依頼主だった播井からの依頼を断ったのだ。もしかすると私は、自ら収入の糸を断ち切ったのではないか?
「今更、そんな事に気づいてもおせえよ。もうお前なんて雇わないからな」と、播井がそんなことを、いつもの厭らしい口調で、自分に喋りかける姿が、ふと脳裏をよぎった。
……しかし、あんな食人鬼の専属雇い主、こっちから願い下げだ。
釘は、次にやるべきことを考えた結果、銃を再び探し出すことに決めた。
翌々考えてみれば、私の収入の糸が断ち切られた可能性を生み出したのは、私ではない。筋違いな依頼内容を、播井を中継にして私に送ってきた老人会。その老人会が、私に殺しの依頼をする引き金となったのが、とある老人に火をつけて殺した犯人だ。即ち、老人を殺した犯人こそ、私の収入設計を狂わせた根源ということだ。
私は、銃がその犯人だとは思っていない。だからこそ、何故〈銃〉が疑われたのかを確かめ、それから真相を暴きたいと思った。
釘はそう思い立つと、すぐにナイフの部屋を後にした。
銃
「誰だ?」
「ナニカです。」
「そうか、何かか。名前は?」
「ナニカです。」
「そうか、ナニカか。」
俺はナニカの頭部から足元までを、舐めるようにして一瞥した。先程確認した後ろ姿と同じ面影がある。相手が丸腰である上に、両手を挙げている無防備状態であることを認め、俺は懐にナイフをしまった。以前、釘という同業者から「ズボンのポケットにナイフを仕込む奴がありますか。」と指摘されたため、それ以来、俺はコートの内ポケットにナイフをしまう様にしていた。
はて、どうしたものか。こういった事態に遭遇した場合、俺はどう対処すべきなのだろうかと悩む所存だった。とりあえず、俺は相手が先に何かを発言するまで待とうと思った。
ナニカ
青黒く、周囲がしんしんとしている深夜2時過ぎの廃屋の中、俺は同業者らしき男と向き合っていた。
首一つ分高い同業者らしき男は、俺をじっと見下ろす。ただ、見下ろす。
俺の視点はぶるぶると震え、ぐらつく。やがて逃げるように、男の真後ろを一瞥したり、自分の足元を見たりして誤魔化した。
逃げ出したい。
脳髄にぐしゃりと貼り付けられる文句がそれだった。廃墟の壁や柱、床と天井が、「逃げ出したい」という箇条書きの文字で埋め尽くされていき、やがて文字と文字の間に隙間が無くなり、どす黒い画用紙をべったりと貼った様な黒さになる。周囲の黒さは、そうして出来上がっているのではないかと心底疑った。
探せ。
死にたくなければ、話題を探せ。
何故か、「男が俺を見逃す」という選択肢が、俺の中では「甘えるな」と言う神の手によってごっそりと毟り取られている。勝手に毟り取るんじゃねえよ!俺は心底、憤慨した。そうして反論した生意気な俺は、神の鉄槌を脳裏にずしゃりと喰らうわけだ。その神の手には彫刻刀によって、やはり「甘えるな」と刻まれており、俺の脳裏には「甘えるな」という凸凹による食い込み痕が付いた。
「あー」俺は言葉にもならない意味のない声を出す。とりあえず出しとく。時間稼ぎのためだ。
死にたくないなら話題を探せ。そう、同業者らしき男にも俺にも共通する……否、全国、全人類に共通する、あの話題だ。
「今日は、良い天気ですね。」
どうだ。
一寸の間を置いて、男は口を開いた。
「そうか、良い天気か。」
掴みは善しだな。俺は内心でニヤけた。逆に、これしか突破口は無かったのだろうか?と、自分の引き出しの無さに、半ば絶望しかけた。
「そう、良い天気なんです。」
「で?」
「で、と言いますと……」
俺は正直、怖気づいた。ああ、俺ここで死ぬかも。と、本気でそう思った。
「何か、用か。」
「あ」
俺はそう言われて初めて気がついた。そうですよね。と、心底そう思った。そして何故、俺はこんなにも焦り、怯えているのだろうか。とも思ったし、そもそも何故俺は「この男に有無を言わさず殺される」などと考えていたのだろうかと、不思議でならなかった。
そして、会いに来た本人が用件を言わなければ、どうしようもないではないか。俺は自分の素行に呆れつつ、「そうだ、名前を聞こう。」と思った。
「ところで」「ところで」
同業者らしき男と発言が被った。俺は「先、どうぞ」と男の発言を促したが、男は「いや、後で良い。」と、やはり低い声で呻く様にそう呟いたので、俺は大人しくそれに従った。
「名前を、聞いても宜しいでしょうか。」
「銃」
即答だった。
これが、銃。と、俺は改めて彼を瞠目した。
手入れという物を知らぬ乱雑に伸び放題の、どす黒い髪。彫刻刀で一直線に刻んだかの様な、鋭く精悍な目元。贅肉の皆無な、見るからに華奢な顔。その反面、大柄な図体が華奢な顔に相まって、特に際立っている。
何故か沸々と頭に上る感情、それが恐怖や畏怖だとか言った、所謂負の感情だった。俺は無意識下で、自ら呼吸を止めていたことに気づく。また、ぶはぁ、と息を吹き返した。
逃げ出したい。逃げ出したい。逃げ出したい。俺は頭の中で、何度もそう復唱する。
強いてその心理状況を喩えるなら、全裸でグリズリーと向き合っている様な、どう足掻いても絶望的な感覚だ。
「おい」
銃が、口を開いた。
「は、はい!」
俺は不自然に上擦った声を上げて返事をした。
「大丈夫か?」
……おい、グリズリーが全裸で震えてるお前を心配しに来たぜ?どうするよ。
釘
あの後のことは、実際のところ自分でも覚えていない。
銃にあの巨体を預けてからは、自分はすぐに能力を解いて立ち去ったので、巨体は適当に投げ捨てられたのかもしれない。正直なところ、もうどうでもいい。
銃を追跡していると、彼は商店街の脇道へ曲がり、その手前の角にある廃屋ビルの中へ入っていった。迷いの無い歩きで入っていったものだから、私は一瞬、戸惑った。
そして顔を上に向け、その廃屋ビルの未だ撤去されていないテナントを見ると、私は一層戸惑った。思わず、言葉にもならない呻き声を発しながら、後ろへ仰け反った。
「1階から3階にかけて、全部コンビニかよ」と。
つい以前までは、24時間に亘って、高く、輝き続けるビルだったらしい。
それはさておき、と私は、銃の入っていった廃屋の入り口に目をやった。入るべきか、それとも、こんな目的も無い追跡は中止し、退くべきか。そもそも、何故私は、銃を追跡しているのだろうか。
銃と、話がしたいからではないか?では、それは何故?知らない。何か、気になることでもあるのか?それも知らない。暇なのか?
「それだ。」そうだ、私は暇なんだ。と、半ば無理矢理納得するための、根も葉もない結論を出した挙句、結局私は、銃の入っていった廃屋の入り口に、足を踏み入れる。
誰か、「荒唐無稽だ!」と指摘し、引き止めてはくれないだろうか。と、私は思うが、傍には誰もいない。
廃屋の中は、未だ日が沈み切っていないこともあり、思っていた程の暗さではなかった。
何か、商品の一つでも残ってやいないかと思い、漫画を斜め読みする様な感覚で、商品棚を簡単に物色した。「何を期待しているんだよ。」と、商品棚に正されたかの様な感覚に陥る程度の、空虚感だけは見つけられた。
「何も無い。が、一杯ある。」
ガードナーとは何なのだろうな、と私は突然に、脈絡も無く考え始めてしまった。
ボディガードの様に、雇い主を、24時間側近に護衛する訳では無し。依頼される仕事も、食料の確保や、凶暴な餓鬼の討伐などが大半で、ガードナーというよりも、狩人か殺し屋とでも呼んだ方が、だいぶしっくり来る。
連鎖的に、自分の常連である播井のことを思い出した。思い出したくも無いのに。
初めて、播井が私をガードナーとして雇ったのは、去年の頃だったと思うが、正確な時期は覚えていない。ただ、他の雇い主に比べ、話していて不愉快だったという事は覚えている。
播井との、初対面の時のことだ。播井は、出会い頭に「女かよ。」と、極端に眉間に皺を寄せ、露骨に顔をしかめながら、ガムを吐き捨てるように呟いたのだ。「不満だな、男が良かったな、女がガードナーやってるなよ。」とでも言いたげな目をしながら、私の頭から足を、流す様にして見やった。たとえ、冷静な第3者から「被害妄想だろう」と言われても、決して納得はできなかったに違いない。
かくいう私も、その時は雇い主への不満が顔に表れていたのだろう、播井は咄嗟に「嗚呼、誤解をして早まるんじゃないぞ、落ち着け。釘なんて刺々しい名前をしてたからよ、男だと思ってただけだ、女だからってどうこう言うわけじゃあない。そうとも。」と、私を宥めようとしてきた。
「差別はやめよう。」然り、「男女差別はしないぞ。」という意識こそが精神的な差別に繋がるのではないか、とでも反発しようとしたが、出会い頭から雇い主と争っていては、あまりにも器量が小さく、情けない様に思えて、私は思いとどまった。男と女を同じ目で見よう、と言う方が理不尽でもある。
初めて播井の出してきた依頼は、他の一般人と比べると特殊なもののように思えた。
「そこらをうろついてる餓鬼をよ、適当に殺して、持ってきてくれや。」
「・・・・・・分かるようで、良く分からない内容だな。持ってきたとして、何に使うんだ。」
「ガードナーってのは、雇い主のプライバシーを侵害しなきゃ仕事ができないってのか。尊重しろよ、尊重。男尊女尊だぜ。」播井は、しかめっ面を自重しようともしない様子で、取り出し忘れていた魚の内臓を吐き捨てるかの如く、文句を吐き捨て、ついでに唾も飛ぶが、私はそれを軽く避けた。
銃を追跡して暫く監視したところ、建物内の通路で銃が餓鬼を屠っている所を見かけ、どうやら只の餓鬼狩りだったらしい事は分かった。結果がどうであれ、やはり他人の尾行などという非生産的な事に、意味は生まれなかった。
帰ろう。とは一瞬思ったが、今思えば帰る場所などは決まっておらず、そもそも帰路を踏めないからこそ暇を持て余し、銃を尾行していたのではなかったか。
......三秒ほど考えた結果、釘はこの建物を拠点にすることにした。
見知らぬ部屋だった。
そりゃあ初めて訪れる部屋なのだから見知らなくて当然なのだが、種類的にと言おうか、知識的にと言おうか、とても表現に悩まされるが、やはりどうにも見知らぬ内装をした部屋だったのだ。
この部屋にはドアが無く、ホコリに塗られた内装は、清潔とも不潔とも言い難かった。ひとつ独特な点を挙げるなれば、この部屋の壁には多数のナイフセットが掛け飾られているという点だ。察するに、この部屋には既に人が住んでいる。(もしくは過去形だ。)
それらの状況を察し、「この場所に拠点を立てるのはやめよう」と思いはしたが、どうやらそのナイフセットに関しての好奇心が不信感に勝った様で、このまま暫くは居着く事に決まった。
携帯電話がぶるぶると震えたので、私はそれを開き、耳に傾けた。
「もしもし」いつも通り、わざと訝しげに声を発する。
「おう、出たな。」声の主は、あの忌々しき播井だった。
「用件は?」声の主が播井だとわかった今、尚更わざと声を訝しげにした。
「ん、ああ。用件、用件ねえ……。俺の用件では無いんだが、ちょっと一つ頼まれてくんねえか」
「いつもの依頼じゃないのか?」今度は、心の底から訝しんだ。
「あー……じゃあ、依頼だ。」播井は躊躇の様な間を空け、今回の依頼を口走った。
「銃を殺して欲しい。」
「はあ?」つい、生返事をしてしまった。それにしても銃を殺せとは、私に同業者殺しをさせるということか。私ははち切れんばかりに播井を訝しんだ。そもそも、いったいどういう訳で銃を殺せと?
「実はな、さっき老人会の会員から電話を貰ってよ。どうやら銃が、その会員の老人に悪戯でガソリンぶっかけて、火をつけて殺したらしいんだ。」
老人は乾燥してるからよく燃えるんだろうな。と、播井は冗談交じりに続けた。とても笑えたものでは無かった。何より、銃がそんな下劣な悪戯に手を出したという情報を怪訝に思った。誤情報ではないのか?
「誤情報かどうかは知らん。ただ、俺を中継にして老人会から釘に依頼が渡った。それだけのことじゃねえか。それにしても、老人会はよっぽど仲間が殺された事にお怒りだそうだ。まさか年金の使い道がこんな所にまで分岐するとは思わなかっただろうな。皆で小金寄せ集めて依頼してきたんだぜ。で、どうする。この依頼、受けるか?」
あの後のことは、実際のところ自分でも覚えていない。
銃にあの巨体を預けてからは、自分はすぐに能力を解いて立ち去ったので、巨体は適当に投げ捨てられたのかもしれない。正直なところ、もうどうでもいい。
銃を追跡していると、彼は商店街の脇道へ曲がり、その手前の角にある廃屋ビルの中へ入っていった。迷いの無い歩きで入っていったものだから、私は一瞬、戸惑った。
そして顔を上に向け、その廃屋ビルの未だ撤去されていないテナントを見ると、私は一層戸惑った。思わず、言葉にもならない呻き声を発しながら、後ろへ仰け反った。
「1階から3階にかけて、全部コンビニかよ」と。
つい以前までは、24時間に亘って、高く、輝き続けるビルだったらしい。
それはさておき、と私は、銃の入っていった廃屋の入り口に目をやった。入るべきか、それとも、こんな目的も無い追跡は中止し、退くべきか。そもそも、何故私は、銃を追跡しているのだろうか。
銃と、話がしたいからではないか?では、それは何故?知らない。何か、気になることでもあるのか?それも知らない。暇なのか?
「それだ。」そうだ、私は暇なんだ。と、半ば無理矢理納得するための、根も葉もない結論を出した挙句、結局私は、銃の入っていった廃屋の入り口に、足を踏み入れる。
誰か、「荒唐無稽だ!」と指摘し、引き止めてはくれないだろうか。と、私は思うが、傍には誰もいない。
廃屋の中は、未だ日が沈み切っていないこともあり、思っていた程の暗さではなかった。
何か、商品の一つでも残ってやいないかと思い、漫画を斜め読みする様な感覚で、商品棚を簡単に物色した。「何を期待しているんだよ。」と、商品棚に正されたかの様な感覚に陥る程度の、空虚感だけは見つけられた。
「何も無い。が、一杯ある。」
ガードナーとは何なのだろうな、と私は突然に、脈絡も無く考え始めてしまった。
ボディガードの様に、雇い主を、24時間側近に護衛する訳では無し。依頼される仕事も、食料の確保や、凶暴な餓鬼の討伐などが大半で、ガードナーというよりも、狩人か殺し屋とでも呼んだ方が、だいぶしっくり来る。
連鎖的に、自分の常連である播井のことを思い出した。思い出したくも無いのに。
初めて、播井が私をガードナーとして雇ったのは、去年の頃だったと思うが、正確な時期は覚えていない。ただ、他の雇い主に比べ、話していて不愉快だったという事は覚えている。
播井との、初対面の時のことだ。播井は、出会い頭に「女かよ。」と、極端に眉間に皺を寄せ、露骨に顔をしかめながら、ガムを吐き捨てるように呟いたのだ。「不満だな、男が良かったな、女がガードナーやってるなよ。」とでも言いたげな目をしながら、私の頭から足を、流す様にして見やった。たとえ、冷静な第3者から「被害妄想だろう」と言われても、決して納得はできなかったに違いない。
かくいう私も、その時は雇い主への不満が顔に表れていたのだろう、播井は咄嗟に「嗚呼、誤解をして早まるんじゃないぞ、落ち着け。釘なんて刺々しい名前をしてたからよ、男だと思ってただけだ、女だからってどうこう言うわけじゃあない。そうとも。」と、私を宥めようとしてきた。
「差別はやめよう。」然り、「男女差別はしないぞ。」という意識こそが精神的な差別に繋がるのではないか、とでも反発しようとしたが、出会い頭から雇い主と争っていては、あまりにも器量が小さく、情けない様に思えて、私は思いとどまった。男と女を同じ目で見よう、と言う方が理不尽でもある。
初めて播井の出してきた依頼は、他の一般人と比べると特殊なもののように思えた。
「そこらをうろついてる餓鬼をよ、適当に殺して、持ってきてくれや。」
「・・・・・・分かるようで、良く分からない内容だな。持ってきたとして、何に使うんだ。」
「ガードナーってのは、雇い主のプライバシーを侵害しなきゃ仕事ができないってのか。尊重しろよ、尊重。男尊女尊だぜ。」播井は、しかめっ面を自重しようともしない様子で、取り出し忘れていた魚の内臓を吐き捨てるかの如く、文句を吐き捨て、ついでに唾も飛ぶが、私はそれを軽く避けた。
銃を追跡して暫く監視したところ、建物内の通路で銃が餓鬼を屠っている所を見かけ、どうやら只の餓鬼狩りだったらしい事は分かった。結果がどうであれ、やはり他人の尾行などという非生産的な事に、意味は生まれなかった。
帰ろう。とは一瞬思ったが、今思えば帰る場所などは決まっておらず、そもそも帰路を踏めないからこそ暇を持て余し、銃を尾行していたのではなかったか。
......三秒ほど考えた結果、釘はこの建物を拠点にすることにした。
見知らぬ部屋だった。
そりゃあ初めて訪れる部屋なのだから見知らなくて当然なのだが、種類的にと言おうか、知識的にと言おうか、とても表現に悩まされるが、やはりどうにも見知らぬ内装をした部屋だったのだ。
この部屋にはドアが無く、ホコリに塗られた内装は、清潔とも不潔とも言い難かった。ひとつ独特な点を挙げるなれば、この部屋の壁には多数のナイフセットが掛け飾られているという点だ。察するに、この部屋には既に人が住んでいる。(もしくは過去形だ。)
それらの状況を察し、「この場所に拠点を立てるのはやめよう」と思いはしたが、どうやらそのナイフセットに関しての好奇心が不信感に勝った様で、このまま暫くは居着く事に決まった。
携帯電話がぶるぶると震えたので、私はそれを開き、耳に傾けた。
「もしもし」いつも通り、わざと訝しげに声を発する。
「おう、出たな。」声の主は、あの忌々しき播井だった。
「用件は?」声の主が播井だとわかった今、尚更わざと声を訝しげにした。
「ん、ああ。用件、用件ねえ……。俺の用件では無いんだが、ちょっと一つ頼まれてくんねえか」
「いつもの依頼じゃないのか?」今度は、心の底から訝しんだ。
「あー……じゃあ、依頼だ。」播井は躊躇の様な間を空け、今回の依頼を口走った。
「銃を殺して欲しい。」
「はあ?」つい、生返事をしてしまった。それにしても銃を殺せとは、私に同業者殺しをさせるということか。私ははち切れんばかりに播井を訝しんだ。そもそも、いったいどういう訳で銃を殺せと?
「実はな、さっき老人会の会員から電話を貰ってよ。どうやら銃が、その会員の老人に悪戯でガソリンぶっかけて、火をつけて殺したらしいんだ。」
老人は乾燥してるからよく燃えるんだろうな。と、播井は冗談交じりに続けた。とても笑えたものでは無かった。何より、銃がそんな下劣な悪戯に手を出したという情報を怪訝に思った。誤情報ではないのか?
「誤情報かどうかは知らん。ただ、俺を中継にして老人会から釘に依頼が渡った。それだけのことじゃねえか。それにしても、老人会はよっぽど仲間が殺された事にお怒りだそうだ。まさか年金の使い道がこんな所にまで分岐するとは思わなかっただろうな。皆で小金寄せ集めて依頼してきたんだぜ。で、どうする。この依頼、受けるか?」
釘
今日は、どこで眠ろう。
私は基本的に、野宿することが多い。時には、公園の丘の麓にある手製の住宅地を借りることも、しばしばあった。しかし、威風堂々とした怖いお兄さん方が頻繁に訪問してくるため、何度も安心して借りられるものでは無かった。
「私ら、生きてるだけだから。」と、私は某小説の一節を呟いた。
商店街にて。
書店の前を通り過ぎようとした時、書店の扉から、同業者である銃が顔を見せた。
銃からは、歩き方からして気だるいイメージが漂っていた。歩幅は大きいが足はあまり上げず、歩調もゆっくりなため、とてもスローに見える。
整えることも知らない様な、乱雑に伸び放題の長い黒髪。常時眠たそうな、やる気というものを伺えない目つき。殆ど肉の付いていない、青白い顔。脱力感を隠そうともしない、丸まった背中。見ているだけで、こちらもだるくなる、そんな印象。
しかし、そんな彼も、餓鬼を2匹分を軽々と担ぎ上げる力があるのだから、本質までもが、見た目どおりと言う訳にはいかない。そう、彼は餓鬼を2匹程、肩に担いでいた。よくそんな物を担ぎながら、書店に入ろうと思ったな。と、私は呆れとも感心とも付かない、「おお」という声を洩らした。歓声ではないことは確かだ。
銃のことはさておいて、私は書店の内装を眺めた。
「本か。」
先週の今日、私は播井に文庫本を押し付けたが、何故だか今更になって、後悔の様な念を感じる。単純に勿体無いということもあるが、それ以前に、虫の死骸が挟まっていたからと言って、捨てる様に他人へ押し付けた自分を嫌悪する。何て無責任なことだろう。
……脈絡は無いが、何となく私は銃に着いていくことにした。黙って、何となく。
私が、銃と初めて会話をしたのは、去年の8月頃のことだった。
アスファルトがじりじりと照り付く炎天下の中で、銃が餓鬼を狩っている所を、私は見かけたのだ。
場所はとある中学校のグラウンドで、日曜日であるためか、一般人は誰もいない。有名なガードナーの仕事現場には野次馬が付き物だったので、その日は、特別な日の様に思えた。だからなのか、私は銃の姿を、その狩りが終わるまでの一部始終見ていた。目が離せなかった。
対峙している餓鬼は、銃の首5つ分ぐらい高いサイズではあった。特に、銃が巨大な魔物と戦う勇者に見えた……なんて事はまるで無く、せいぜい通りがかりに草野球を観戦している様な気分になっただけだ。
もう少し近くで見ようと思い、グラウンドの中央へと小走りで向かった。
牽制
10メーター付近まで近づいてみると、一層に迫力が増した様に思える。
餓鬼の方も、私を気にすることはなく、一方の銃も気づいてはいるかもしれないが、こちらに目を向けるようなことはしなかった。銃も餓鬼も、互いに牽制しあっている様に見え、呼吸で肩や背中を上下する以外には、余計な動きはしなかった。
最初に動きを見せたのが、銃だった。左手で左目を隠し、ただ静かに、首5つ分背が高い餓鬼を見上げた。予め銃の能力知っていた私には、大体の察しが付いた。
鬼が静止する。呼吸で上下させていた肩や背中も、微動だにしなくなった。「牽制だ。」
それは、見ただけの感想を言うなれば、餓鬼だけが時間を止められている様にも見えたし、銃だけが、止まった時の中を動いている様にも見えた。
銃は、左目を左手で隠したまま、ただの果物ナイフをズボンのポケットから取り出し、餓鬼の懐まで駆けた。そんな所にナイフを収納して、ケガしないか?と思った。
ナイフを握った右手は、あまり器用とは言えない動きで、宙に軌跡を描く。刃の切先が、喉の皮膚を引っ掻く。「え、それだけ?本当に引っ掻いただけで終わりするの?」と思わせる様な一瞬の小休止を見せたあと、目に残らない様な速さで、ナイフが餓鬼の喉笛を貫通し、後方の地面に、からん、と音を立てて落下した。
餓鬼は、依然として微動だにしない。
銃は、片目で餓鬼を見つめたまま、投げたナイフを拾うため、気だるい足取りでゆっくりと後方へ回る。
拾いに行くなんて面倒をするなら、いちいち投げなければ良いのに。と思っていたら、銃が「面倒くせー」と呟いたので、意外だった。
磔
「おお」
と、今度は、素直な歓声をあげる。
銃が左手で左目を隠すのをやめた途端に、餓鬼が前のめりになりながら、斧でぶった切った大木の様に、どしん、と倒れた。非情に、呆気ない。
私は、銃がその餓鬼を、これからどうするのかを見届けるつもりだった。まさか、そのまま放置はしないだろうな、と冗談のつもりで思っていたら、本当にそのまま立ち去ろうとしていた。
私は、そこで「その死体、普通に邪魔でしょうよ。」と率直に、穏便に済ませようと意識した声で意見を発しながら、銃の背中に声をかけた。その声に反応してか、銃は気だるそうに振り返り、私に目をやりながら、「それは重過ぎる。」と吐き捨てるように言った。意外と鋭い声をしている。
「それじゃあ、私が楽に担げる様にしよう。」私は、何時に無く意気込んでいた、何故か。
私は、銃の腕を掴み、倒れている巨大な餓鬼のところまで引っ張った。突然な私の行動に、銃は何も抵抗をせず、足を進めた。気だるそうに。
餓鬼の真横まで行くと、私は、銃を巨体の背中に押し倒した。
銃は「何をしようとしているのだ、この娘は・・・」とでも言いたげな目をしながら、無抵抗に背中を、巨体の背中に預けた。
「終わった、起き上がって。」
銃は、「やっと終わったか」と言うような目をしながら、体勢を立て直した。すると、今度は「何が起こった」と言う様に目を丸くしながら、45度ほど前屈みになり、自分の背中を見た。
立ち上がった自分の背中に、ガッツポーズさながらに縮こまり丸まった餓鬼の巨体が、そのまま貼り付けられているのだから、流石に驚かずにはいられなかったらしく、「おお」と声を洩らした。
「何だ、やっぱり担げるんじゃないか。」と呆れはしたが、銃のその怪力さに、一瞬遅れて驚いた。
今日は、どこで眠ろう。
私は基本的に、野宿することが多い。時には、公園の丘の麓にある手製の住宅地を借りることも、しばしばあった。しかし、威風堂々とした怖いお兄さん方が頻繁に訪問してくるため、何度も安心して借りられるものでは無かった。
「私ら、生きてるだけだから。」と、私は某小説の一節を呟いた。
商店街にて。
書店の前を通り過ぎようとした時、書店の扉から、同業者である銃が顔を見せた。
銃からは、歩き方からして気だるいイメージが漂っていた。歩幅は大きいが足はあまり上げず、歩調もゆっくりなため、とてもスローに見える。
整えることも知らない様な、乱雑に伸び放題の長い黒髪。常時眠たそうな、やる気というものを伺えない目つき。殆ど肉の付いていない、青白い顔。脱力感を隠そうともしない、丸まった背中。見ているだけで、こちらもだるくなる、そんな印象。
しかし、そんな彼も、餓鬼を2匹分を軽々と担ぎ上げる力があるのだから、本質までもが、見た目どおりと言う訳にはいかない。そう、彼は餓鬼を2匹程、肩に担いでいた。よくそんな物を担ぎながら、書店に入ろうと思ったな。と、私は呆れとも感心とも付かない、「おお」という声を洩らした。歓声ではないことは確かだ。
銃のことはさておいて、私は書店の内装を眺めた。
「本か。」
先週の今日、私は播井に文庫本を押し付けたが、何故だか今更になって、後悔の様な念を感じる。単純に勿体無いということもあるが、それ以前に、虫の死骸が挟まっていたからと言って、捨てる様に他人へ押し付けた自分を嫌悪する。何て無責任なことだろう。
……脈絡は無いが、何となく私は銃に着いていくことにした。黙って、何となく。
私が、銃と初めて会話をしたのは、去年の8月頃のことだった。
アスファルトがじりじりと照り付く炎天下の中で、銃が餓鬼を狩っている所を、私は見かけたのだ。
場所はとある中学校のグラウンドで、日曜日であるためか、一般人は誰もいない。有名なガードナーの仕事現場には野次馬が付き物だったので、その日は、特別な日の様に思えた。だからなのか、私は銃の姿を、その狩りが終わるまでの一部始終見ていた。目が離せなかった。
対峙している餓鬼は、銃の首5つ分ぐらい高いサイズではあった。特に、銃が巨大な魔物と戦う勇者に見えた……なんて事はまるで無く、せいぜい通りがかりに草野球を観戦している様な気分になっただけだ。
もう少し近くで見ようと思い、グラウンドの中央へと小走りで向かった。
牽制
10メーター付近まで近づいてみると、一層に迫力が増した様に思える。
餓鬼の方も、私を気にすることはなく、一方の銃も気づいてはいるかもしれないが、こちらに目を向けるようなことはしなかった。銃も餓鬼も、互いに牽制しあっている様に見え、呼吸で肩や背中を上下する以外には、余計な動きはしなかった。
最初に動きを見せたのが、銃だった。左手で左目を隠し、ただ静かに、首5つ分背が高い餓鬼を見上げた。予め銃の能力知っていた私には、大体の察しが付いた。
鬼が静止する。呼吸で上下させていた肩や背中も、微動だにしなくなった。「牽制だ。」
それは、見ただけの感想を言うなれば、餓鬼だけが時間を止められている様にも見えたし、銃だけが、止まった時の中を動いている様にも見えた。
銃は、左目を左手で隠したまま、ただの果物ナイフをズボンのポケットから取り出し、餓鬼の懐まで駆けた。そんな所にナイフを収納して、ケガしないか?と思った。
ナイフを握った右手は、あまり器用とは言えない動きで、宙に軌跡を描く。刃の切先が、喉の皮膚を引っ掻く。「え、それだけ?本当に引っ掻いただけで終わりするの?」と思わせる様な一瞬の小休止を見せたあと、目に残らない様な速さで、ナイフが餓鬼の喉笛を貫通し、後方の地面に、からん、と音を立てて落下した。
餓鬼は、依然として微動だにしない。
銃は、片目で餓鬼を見つめたまま、投げたナイフを拾うため、気だるい足取りでゆっくりと後方へ回る。
拾いに行くなんて面倒をするなら、いちいち投げなければ良いのに。と思っていたら、銃が「面倒くせー」と呟いたので、意外だった。
磔
「おお」
と、今度は、素直な歓声をあげる。
銃が左手で左目を隠すのをやめた途端に、餓鬼が前のめりになりながら、斧でぶった切った大木の様に、どしん、と倒れた。非情に、呆気ない。
私は、銃がその餓鬼を、これからどうするのかを見届けるつもりだった。まさか、そのまま放置はしないだろうな、と冗談のつもりで思っていたら、本当にそのまま立ち去ろうとしていた。
私は、そこで「その死体、普通に邪魔でしょうよ。」と率直に、穏便に済ませようと意識した声で意見を発しながら、銃の背中に声をかけた。その声に反応してか、銃は気だるそうに振り返り、私に目をやりながら、「それは重過ぎる。」と吐き捨てるように言った。意外と鋭い声をしている。
「それじゃあ、私が楽に担げる様にしよう。」私は、何時に無く意気込んでいた、何故か。
私は、銃の腕を掴み、倒れている巨大な餓鬼のところまで引っ張った。突然な私の行動に、銃は何も抵抗をせず、足を進めた。気だるそうに。
餓鬼の真横まで行くと、私は、銃を巨体の背中に押し倒した。
銃は「何をしようとしているのだ、この娘は・・・」とでも言いたげな目をしながら、無抵抗に背中を、巨体の背中に預けた。
「終わった、起き上がって。」
銃は、「やっと終わったか」と言うような目をしながら、体勢を立て直した。すると、今度は「何が起こった」と言う様に目を丸くしながら、45度ほど前屈みになり、自分の背中を見た。
立ち上がった自分の背中に、ガッツポーズさながらに縮こまり丸まった餓鬼の巨体が、そのまま貼り付けられているのだから、流石に驚かずにはいられなかったらしく、「おお」と声を洩らした。
「何だ、やっぱり担げるんじゃないか。」と呆れはしたが、銃のその怪力さに、一瞬遅れて驚いた。
ナニカ
突然に、俺は身体の硬直が解けた。
呼吸も止まっていたかの様な苦しさもあったため、ナニカは「ぶはぁ」と息を吹き返し、荒く呼吸をする。その途端に、目の前にあった大量の血液や、吐瀉物が混じり合った臭いまで吸い込んでしまい、むせ返った。俺まで嘔吐しそうになり、涙腺からぶわっと液体が溢れ出した。
「な、何だったんだよ……」
俺は咄嗟に周囲を見回した。「絶対、近くに同業者が居るだろう。」と、根拠もなく確信し、そして同時に「銃かもしれない。」という期待にも満ちていた。もしも、近くにいる同業者が本当に銃だったら、聞きたかった事を色々と聞きだせる絶好の機会ではないか。
唐突だが、中学生の頃、国語の教師が授業中に、UFOについて話をしていたのを覚えている。
「UFOっていうのは、未確認飛行物体、だよね。でもさ、人間は目に入ったモノなら、それを認識するまでに、必ず一瞬でも時間をかけて確認しようとするじゃない、確認しきるまでなら、まだ未確認の範疇だよ。つまり、目に入ったものは全て、確認しきるまでは未確認飛行物体なわけだよ。」
まあ、飛行物体だから、飛んでなきゃいけないけどね。と付け足して、その話は終わった。授業が終わった後も、その話を聞いていたクラスメイト達は、その話に影響されたのか、飛んでいるものを見つけたなら見境なく「あ、未確認飛行物体!」と叫ぶという遊びを流行らせた。
その一方、皆のふざけた遊びを見かけるたびに、俺はどこか、訳のわからない不安を煽られていた。
「あ、未確認!」と聞く度に、同様の不安を感じ、身震いをした。胸が高鳴り、呼吸が詰まる様になった。そして体中からは、体育の授業の後よりも、幾分の嫌な汗が流れ出た。汗がワイシャツに染みて、とても心地が悪い。
そんな様子で佇んでいた俺を見て、クラスメイト達は、一層悪乗りをしたくなったらしく、俺に指をさしては「未確認移動物体だ!」と言う様になった。どういう訳かは知らないが、とにかく、一瞬だけでも未確認だったのだろう。
「飛行物体じゃないのかよー」ギャハハ、という様な笑い声が上がる。「うけるー」
「飛行してないからな」にやけ面の坊主頭の少年が、と言っても同級生が、俺を見ながらそう言った。
「移動物体だ。」また、数人の笑い声が上がる。
「非行はしてるけどなー」と、銀色のピアスを耳に飾った誰かが言う。
「非行と飛行かよー、お前賢い!」と、続けて誰かが言った。
そしてまた、笑い声が上がった。
「上手い!」上手くはない。
色々な点に落胆しながらも、俺は次の授業の準備に取り掛かった。
教科書、ノートを開いたとき、急に身が震えた。先ほどの一件でかいた多量の汗が、急に冷えたのだろう。俺は鞄からタオルを引っ張り出し、着ているシャツの下に滑り込ませた。とにかく、寒かった。
銃
「俺はここに居るぞぉぉぉ―――!!!」
何のつもりかは分からないが、同業者がいきなりそう叫ぶ声が聞こえた。
……何かがある。と、そう思った瞬間のことだった。肩に生暖かい手の接触を確認した俺は、咄嗟にコートの裏側に収納してあったナイフを引き抜き、その刃物を横一線に大振りしながら後ろを振り向いた。
すると、両腕を上げて「参った!」と言いながら、後ずさりをし、ナイフを躱している同業者の影が見えた。
釘
「お前は、一体全体、何を怒っているんだ。」
ソファに寄りかかっていた播井は、私にそんなことを聞いてきた。
「何を怒っているのか?」
「いやさ、お前は何か、俺に恨みでもあるんじゃねえかと思ってよ。何か不満があるのなら、はっきり言ってくれよ。」
「播井に、私怨による怒りを抱いては、いない。」
播井のくだらない質問に答え終わった気になり、私は中断していた読書に取り掛かった。
「いや、恨みが無いなんてことは無いだろうがよ、何でも良いから、不満の一つや二つでも言ってみろよ。俺はいつ、お前に寝首を掻かれるのか不安で不安で仕方が無いんだ。今のうちに問題は清算しておきたいのよ。」
強いて言うなれば、お前のしつこさと、その私への信用の無さが露骨に表れていて、とても不満なのだが。と言いたいところだったが、それは心の中に留めておく。
播井の言及には構わず、私は読んでいる最中の文庫本の、残りのページを指で抓み、厚さを確かめる。残りページの厚さが薄くなってくる度に、読破に近づくという達成感と、もうすぐ好きな物語が終わってしまうというやりきれなさが、同時に心に迫ってくる。
「ん」と、一瞬呻く。
ページの間に、虫の死骸が挟まっていた。
おぞましさと不気味さに、顔をしかめながら、慎重に本を閉じた。文庫本もビニール包装で売るべきだな、と思った。
「今日はもう帰る。」私は、ソファにもたれている播井にそう言い、椅子からさっと立ち上がる。
「ちょっと待て、一晩中ボディガードしてくれって、最初に依頼しなかったかよ」
「勝手に依頼を足すな。今、お前に対する新しい不満な点が、いくつか頭に浮かんでしまった。」
「レンタルビデオだって、延滞料金さえ支払えば貸出し期間を守らなくても良いんだぜ」と、播井は意味不明な文句を足してきた。
「鬱陶しい」と一蹴してやりたかったが、「延滞料金」と聞いて、雇い金も増えるんだろうな、と予想しながら、堪えた。
「お前は一人でも大丈夫なんだろうが、俺達人間の立場になれば、一人でいることの恐さが分かるだろうよ」とも、ぶすっとした小声で、付け足してきた。
「で、お前が眠っている間も、私は起きていなければいけない訳か」ソファの上で眠ろうとしている播井に向かって、嫌味のつもりで尋ねる。
すると、播井は「平気だろ。」と、臆面も無く返してきたため、もはや何も言うまいと、私は何も返事をしなかった。
午前1時頃。
播井は、顔を天井へ向けながら、鼾を立てて眠っている。そんなに口を開けっ放しで、喉が乾燥しないのか?
壁に掛けられた時計の、秒針の音が心地よく、軽快なリズムが楽しい。が、ソファの上で寝ている、中年男の低い鼾の所為で台無しだった。防音マスクでも販売されれば良いと思った。
この長い夜には、未だに慣れない。暗くて本は読めないし、だからと言って、睡眠妨害となるため、照明は点けられない。これもガードナーとしての当然の配慮だから、仕方が無い。
今夜は何をしようか。
午前6時。
結局、今夜も何も起こらず、自分は何もできなかった。人間が行動するにあたり、必要なのは光だということを、改めて実感できる。
播井はまだ起床しない。この男はいつも正午過ぎに目を覚ますのだが、報酬を受け取るまで、雇い主を見守る義務を課せられるガードナーの気にもなってみろと言いたい。
午後1時頃、ようやく播井は起床した。
そして、私に向けられる第一声は「ごくろうさん」である。腹が立つこと、この上ない。
「怒るなって、言い直すよ。おつかれさん。」
「報酬を受け取るまで帰れないな。」
「今日も雇っちゃだめかねえ」
「私を雇いたい人間は、お前以外にも数えるぐらいの人数はいる。商品の買占めは良くないな。」
自分を、自ら商品に例えてしまい、少し後悔した。自虐に近いな、と思った。
「これ、今日と昨日の報酬。」と、播井は、私に茶封筒を手渡してくる。いつもの流れだ。渡された茶封筒には、3センチ程の厚みがあった。
「相場、だな。では、私は帰る。」
私は、特にこれといって別れの言葉も告げず、玄関口まで歩く。すると後ろから播井が
「本忘れてるぞー」と言いながら、私にその本を渡そうとしてきた。
「やるよ。」半ば、押し付け気味に、私は言った。
突然に、俺は身体の硬直が解けた。
呼吸も止まっていたかの様な苦しさもあったため、ナニカは「ぶはぁ」と息を吹き返し、荒く呼吸をする。その途端に、目の前にあった大量の血液や、吐瀉物が混じり合った臭いまで吸い込んでしまい、むせ返った。俺まで嘔吐しそうになり、涙腺からぶわっと液体が溢れ出した。
「な、何だったんだよ……」
俺は咄嗟に周囲を見回した。「絶対、近くに同業者が居るだろう。」と、根拠もなく確信し、そして同時に「銃かもしれない。」という期待にも満ちていた。もしも、近くにいる同業者が本当に銃だったら、聞きたかった事を色々と聞きだせる絶好の機会ではないか。
唐突だが、中学生の頃、国語の教師が授業中に、UFOについて話をしていたのを覚えている。
「UFOっていうのは、未確認飛行物体、だよね。でもさ、人間は目に入ったモノなら、それを認識するまでに、必ず一瞬でも時間をかけて確認しようとするじゃない、確認しきるまでなら、まだ未確認の範疇だよ。つまり、目に入ったものは全て、確認しきるまでは未確認飛行物体なわけだよ。」
まあ、飛行物体だから、飛んでなきゃいけないけどね。と付け足して、その話は終わった。授業が終わった後も、その話を聞いていたクラスメイト達は、その話に影響されたのか、飛んでいるものを見つけたなら見境なく「あ、未確認飛行物体!」と叫ぶという遊びを流行らせた。
その一方、皆のふざけた遊びを見かけるたびに、俺はどこか、訳のわからない不安を煽られていた。
「あ、未確認!」と聞く度に、同様の不安を感じ、身震いをした。胸が高鳴り、呼吸が詰まる様になった。そして体中からは、体育の授業の後よりも、幾分の嫌な汗が流れ出た。汗がワイシャツに染みて、とても心地が悪い。
そんな様子で佇んでいた俺を見て、クラスメイト達は、一層悪乗りをしたくなったらしく、俺に指をさしては「未確認移動物体だ!」と言う様になった。どういう訳かは知らないが、とにかく、一瞬だけでも未確認だったのだろう。
「飛行物体じゃないのかよー」ギャハハ、という様な笑い声が上がる。「うけるー」
「飛行してないからな」にやけ面の坊主頭の少年が、と言っても同級生が、俺を見ながらそう言った。
「移動物体だ。」また、数人の笑い声が上がる。
「非行はしてるけどなー」と、銀色のピアスを耳に飾った誰かが言う。
「非行と飛行かよー、お前賢い!」と、続けて誰かが言った。
そしてまた、笑い声が上がった。
「上手い!」上手くはない。
色々な点に落胆しながらも、俺は次の授業の準備に取り掛かった。
教科書、ノートを開いたとき、急に身が震えた。先ほどの一件でかいた多量の汗が、急に冷えたのだろう。俺は鞄からタオルを引っ張り出し、着ているシャツの下に滑り込ませた。とにかく、寒かった。
銃
「俺はここに居るぞぉぉぉ―――!!!」
何のつもりかは分からないが、同業者がいきなりそう叫ぶ声が聞こえた。
……何かがある。と、そう思った瞬間のことだった。肩に生暖かい手の接触を確認した俺は、咄嗟にコートの裏側に収納してあったナイフを引き抜き、その刃物を横一線に大振りしながら後ろを振り向いた。
すると、両腕を上げて「参った!」と言いながら、後ずさりをし、ナイフを躱している同業者の影が見えた。
釘
「お前は、一体全体、何を怒っているんだ。」
ソファに寄りかかっていた播井は、私にそんなことを聞いてきた。
「何を怒っているのか?」
「いやさ、お前は何か、俺に恨みでもあるんじゃねえかと思ってよ。何か不満があるのなら、はっきり言ってくれよ。」
「播井に、私怨による怒りを抱いては、いない。」
播井のくだらない質問に答え終わった気になり、私は中断していた読書に取り掛かった。
「いや、恨みが無いなんてことは無いだろうがよ、何でも良いから、不満の一つや二つでも言ってみろよ。俺はいつ、お前に寝首を掻かれるのか不安で不安で仕方が無いんだ。今のうちに問題は清算しておきたいのよ。」
強いて言うなれば、お前のしつこさと、その私への信用の無さが露骨に表れていて、とても不満なのだが。と言いたいところだったが、それは心の中に留めておく。
播井の言及には構わず、私は読んでいる最中の文庫本の、残りのページを指で抓み、厚さを確かめる。残りページの厚さが薄くなってくる度に、読破に近づくという達成感と、もうすぐ好きな物語が終わってしまうというやりきれなさが、同時に心に迫ってくる。
「ん」と、一瞬呻く。
ページの間に、虫の死骸が挟まっていた。
おぞましさと不気味さに、顔をしかめながら、慎重に本を閉じた。文庫本もビニール包装で売るべきだな、と思った。
「今日はもう帰る。」私は、ソファにもたれている播井にそう言い、椅子からさっと立ち上がる。
「ちょっと待て、一晩中ボディガードしてくれって、最初に依頼しなかったかよ」
「勝手に依頼を足すな。今、お前に対する新しい不満な点が、いくつか頭に浮かんでしまった。」
「レンタルビデオだって、延滞料金さえ支払えば貸出し期間を守らなくても良いんだぜ」と、播井は意味不明な文句を足してきた。
「鬱陶しい」と一蹴してやりたかったが、「延滞料金」と聞いて、雇い金も増えるんだろうな、と予想しながら、堪えた。
「お前は一人でも大丈夫なんだろうが、俺達人間の立場になれば、一人でいることの恐さが分かるだろうよ」とも、ぶすっとした小声で、付け足してきた。
「で、お前が眠っている間も、私は起きていなければいけない訳か」ソファの上で眠ろうとしている播井に向かって、嫌味のつもりで尋ねる。
すると、播井は「平気だろ。」と、臆面も無く返してきたため、もはや何も言うまいと、私は何も返事をしなかった。
午前1時頃。
播井は、顔を天井へ向けながら、鼾を立てて眠っている。そんなに口を開けっ放しで、喉が乾燥しないのか?
壁に掛けられた時計の、秒針の音が心地よく、軽快なリズムが楽しい。が、ソファの上で寝ている、中年男の低い鼾の所為で台無しだった。防音マスクでも販売されれば良いと思った。
この長い夜には、未だに慣れない。暗くて本は読めないし、だからと言って、睡眠妨害となるため、照明は点けられない。これもガードナーとしての当然の配慮だから、仕方が無い。
今夜は何をしようか。
午前6時。
結局、今夜も何も起こらず、自分は何もできなかった。人間が行動するにあたり、必要なのは光だということを、改めて実感できる。
播井はまだ起床しない。この男はいつも正午過ぎに目を覚ますのだが、報酬を受け取るまで、雇い主を見守る義務を課せられるガードナーの気にもなってみろと言いたい。
午後1時頃、ようやく播井は起床した。
そして、私に向けられる第一声は「ごくろうさん」である。腹が立つこと、この上ない。
「怒るなって、言い直すよ。おつかれさん。」
「報酬を受け取るまで帰れないな。」
「今日も雇っちゃだめかねえ」
「私を雇いたい人間は、お前以外にも数えるぐらいの人数はいる。商品の買占めは良くないな。」
自分を、自ら商品に例えてしまい、少し後悔した。自虐に近いな、と思った。
「これ、今日と昨日の報酬。」と、播井は、私に茶封筒を手渡してくる。いつもの流れだ。渡された茶封筒には、3センチ程の厚みがあった。
「相場、だな。では、私は帰る。」
私は、特にこれといって別れの言葉も告げず、玄関口まで歩く。すると後ろから播井が
「本忘れてるぞー」と言いながら、私にその本を渡そうとしてきた。
「やるよ。」半ば、押し付け気味に、私は言った。
ナニカ
はて、此処のところ一般人から、ガードの依頼がこない。何か自分に不手際でもあったのだろうかと、ナニカは心配になる。
自分は依頼された仕事を、誠実に且つ正確にやり遂げるし、何より雇い金が安いのが、うちの取り柄だ。しかし、最近は誰も自分を雇ってはくれない。もしかしたら自分は、自分が人望が人一倍豊富であると勘違いしている独り善がりの自己満足馬鹿なのでは無いか。と、不安の募る点ばかりが増えて行く。
しばらくして、「いやそれは無いだろう。」と、不安な点を否定し打ち消す。
雇い主から信頼されている事を、自らの目で認識したために持てた自信だ、それらを自分で否定していたらどうしようもない。
・・・・・・とりあえず起きよう。
ナニカは、胸元から爪先までかかった布団を蹴り、その勢いで上体を起こした。
「やっぱり銃の方が人気なのか?」
以前、イメージダウンになりそうなトラブルがあったにも関わらず、銃に頼る一般人が多いのは事実だ。一人のガードナーに依存していたら、そのうち、肝心な時に雇えなくなるってぇのに・・・・・・。
布団から起き上ったものの、今日は何をしようかとナニカは悩む。
・・・・・・そうだ、アドバイスでも貰いに行こうか。銃に。
ナニカの向かう先は、以前珍しく依頼が来た時に都合良く見つけられた、住処候補の廃墟ビルだった。
同業者と会う前には、念のため、保身のために、予め予備の住処を確保するのが基本である。
相手の気を損ねて、妙な報復を貰いかねない。その報復の半数以上は住処荒らしの様な陰湿なものだと、ナニカは信じて疑わない。
以前、銃の住処を、好奇心のため観察しに行った事がある。大体、銃の事件は誤解であったことが公に知らされる事となり、一週間程経ってからのことだった。
一般人の手によって荒らされているのだろうか、それか同業者の私怨による物も、どさくさに紛れて混じっているのではないだろうか。それとも、「やはり銃は悪事を働く様なガードナーじゃなかった」と讃えるために、多くの一般人が訪問しているのか。その横で嫉妬心に満ちた同業者が、陰から銃を睨みつけているのでは?・・・・・・などと言った想像が、銃の住処に近付いていく毎に膨らんでいたのを、ナニカは覚えている。
まず、住処は荒らされていた。さほど意外性は無かった。しかし、良く考えてみれば、銃に喧嘩を売る様なことをするのには、十分にリスクを伴う筈ではないか。銃がどんな性格かが分からない以上、それは揺るがないだろう。
だが、これぐらいの事ならば大した報復もされないだろうという考えが一般人の中で浮かんだのか、銃の玄関の土間に大量のゴミ袋が乱雑に放置されていたのだ。
一般人にしてみれば、このゴミ袋が自分の元へ返ってきた時には恐怖だろうな、そういう事は良くあるもんな、とナニカは思ったし、このゴミ袋の中に同業者のものがあったなら、心底呆れていただろうな、とも思った。
無心で歩いているうちに、目的の廃墟ビルの前まで着いていた。
同業者に先を越されているのでは?という心配が、ナニカにはあったが、それは入って確かめなければ分からないので、無駄に先走った心配をすることはやめた。
……もしも、後で探すつもりだった銃が、ここを拠点にしていた場合、それは幸運なのか、不幸なのか。
「微妙だよな。」
嗚呼、妙な不安要素が残ってしまった。
牽制とナニカ
床に散乱した、吐瀉物と血液を凝視しながら、ナニカは硬直する。いや、動けなくなった。
首も、視線も、釘で固定されたかの様に、微動だにできない。恐怖や畏怖によるものだとか言った、精神的な物ではなく、物理的な問題で動けない様なのだ。それどころか、体中の血流さえも止まっている様な気がした。
踏ん張るための足も前に出せないため、このまま背中を指先でほんの少し押されただけでも、自分は前に倒れてしまう気がした。それで倒れた先には、色々と汚いものが散乱しているので勘弁だな、とナニカは心配になる。それに、助けを呼ぶための唇すらも動かせないとなると、相当な恐怖感を煽られる。・・・・・・動かせたとしても、ここは廃墟だから無意味だろうけれど。
しばらく硬直していると、あるいはさせられていると、背後から足音が響き始めた。
ああ、色々考えても、俺はどうする事も出来ないらしいな。と、ナニカは悟った。
銃
廃墟に戻ると、廊下で同業者らしき影を見つける。強ち、目当ての拠点が被ってしまったのだろう。
眼の前に居る同業者らしき影は、ピクリとも動かない。……自分の能力が健在であると分かり、少しばかり安心した。
銃は、眼の前に居る同業者の影に、一歩ずつ近寄る。足を一歩踏みだす毎に靴の音が、コンクリート造りの箱の様な廊下に響き渡る。この音は、相手に聞こえているのだろうか?と、銃はいつも疑問に思っていた。ただ相手は硬直させられているのだ、と言うことだけが分かっているものの、能力を使われる側がどんな心持ちをしているのかは、銃本人は知らない。
静止した相手を観察したこともないし、能力の範疇を確認しようとも思わない。ただ単純に面倒だからだ。『片目だけの視界に入った生き物は、視界から外れるまで静止し続ける。』そこまで分かっていれば十分だった。
例えば、上空を飛んでいる鳥を片目だけで見つめれば、見つめられた鳥は空中でピタリと止まり、地面まで真っ逆さまに落下する。そして落ちた鳥を視界から外せば、その鳥はまた動き出し、先程まで飛んでいた空まで戻っていく。遥か上空からアスファルトに叩き付けられたというのに、何故無事なのかは分からない。もしかすると、ビルの屋上から飛ぼうとしている人間も、この能力でなら助けられるかもしれない。実際に試したことは無いし、今後も試すつもりはないが。
この場合は退くべきか、どうなのか。現在、銃はそこを問題視していた。実際、こんなトラブルは初めてであり、対処の仕方も把握していない。相手と会話するべきだろうかとも考えるが、攻撃的な同業者だったら、それはあまり美味しくない。
ここは一旦、能力を解除し、遠くで隠れての様子見が安全だろうな、と銃は判断した。とりあえず後ろ姿だけは確認しておこうと、相手の背後まで、片目を瞑ったまま歩いて近寄る。
2メーター程の間隔まで近付き、そこから観察する。身長は自分と同じくらいで、贅肉の全く無さそうな痩身だ。ストレートな髪は黒く、肩まで届く長さだった。服装はTシャツにジーンズだけという、割と軽めの恰好をしている。特に武器になる様な物は持っていない。
さて、一旦退こう。
片目を瞑ったまま相手の背中を見つめながら、後に向かって歩く。視界から外してはいけない事に、気を配らねばならない。そのまま、物陰に隠れられる様な位置まで歩いた。
銃は緊張を解き、両目を開けた。相手がどう動くかを確かめるため、廊下の角から、耳を澄ます。
はて、此処のところ一般人から、ガードの依頼がこない。何か自分に不手際でもあったのだろうかと、ナニカは心配になる。
自分は依頼された仕事を、誠実に且つ正確にやり遂げるし、何より雇い金が安いのが、うちの取り柄だ。しかし、最近は誰も自分を雇ってはくれない。もしかしたら自分は、自分が人望が人一倍豊富であると勘違いしている独り善がりの自己満足馬鹿なのでは無いか。と、不安の募る点ばかりが増えて行く。
しばらくして、「いやそれは無いだろう。」と、不安な点を否定し打ち消す。
雇い主から信頼されている事を、自らの目で認識したために持てた自信だ、それらを自分で否定していたらどうしようもない。
・・・・・・とりあえず起きよう。
ナニカは、胸元から爪先までかかった布団を蹴り、その勢いで上体を起こした。
「やっぱり銃の方が人気なのか?」
以前、イメージダウンになりそうなトラブルがあったにも関わらず、銃に頼る一般人が多いのは事実だ。一人のガードナーに依存していたら、そのうち、肝心な時に雇えなくなるってぇのに・・・・・・。
布団から起き上ったものの、今日は何をしようかとナニカは悩む。
・・・・・・そうだ、アドバイスでも貰いに行こうか。銃に。
ナニカの向かう先は、以前珍しく依頼が来た時に都合良く見つけられた、住処候補の廃墟ビルだった。
同業者と会う前には、念のため、保身のために、予め予備の住処を確保するのが基本である。
相手の気を損ねて、妙な報復を貰いかねない。その報復の半数以上は住処荒らしの様な陰湿なものだと、ナニカは信じて疑わない。
以前、銃の住処を、好奇心のため観察しに行った事がある。大体、銃の事件は誤解であったことが公に知らされる事となり、一週間程経ってからのことだった。
一般人の手によって荒らされているのだろうか、それか同業者の私怨による物も、どさくさに紛れて混じっているのではないだろうか。それとも、「やはり銃は悪事を働く様なガードナーじゃなかった」と讃えるために、多くの一般人が訪問しているのか。その横で嫉妬心に満ちた同業者が、陰から銃を睨みつけているのでは?・・・・・・などと言った想像が、銃の住処に近付いていく毎に膨らんでいたのを、ナニカは覚えている。
まず、住処は荒らされていた。さほど意外性は無かった。しかし、良く考えてみれば、銃に喧嘩を売る様なことをするのには、十分にリスクを伴う筈ではないか。銃がどんな性格かが分からない以上、それは揺るがないだろう。
だが、これぐらいの事ならば大した報復もされないだろうという考えが一般人の中で浮かんだのか、銃の玄関の土間に大量のゴミ袋が乱雑に放置されていたのだ。
一般人にしてみれば、このゴミ袋が自分の元へ返ってきた時には恐怖だろうな、そういう事は良くあるもんな、とナニカは思ったし、このゴミ袋の中に同業者のものがあったなら、心底呆れていただろうな、とも思った。
無心で歩いているうちに、目的の廃墟ビルの前まで着いていた。
同業者に先を越されているのでは?という心配が、ナニカにはあったが、それは入って確かめなければ分からないので、無駄に先走った心配をすることはやめた。
……もしも、後で探すつもりだった銃が、ここを拠点にしていた場合、それは幸運なのか、不幸なのか。
「微妙だよな。」
嗚呼、妙な不安要素が残ってしまった。
牽制とナニカ
床に散乱した、吐瀉物と血液を凝視しながら、ナニカは硬直する。いや、動けなくなった。
首も、視線も、釘で固定されたかの様に、微動だにできない。恐怖や畏怖によるものだとか言った、精神的な物ではなく、物理的な問題で動けない様なのだ。それどころか、体中の血流さえも止まっている様な気がした。
踏ん張るための足も前に出せないため、このまま背中を指先でほんの少し押されただけでも、自分は前に倒れてしまう気がした。それで倒れた先には、色々と汚いものが散乱しているので勘弁だな、とナニカは心配になる。それに、助けを呼ぶための唇すらも動かせないとなると、相当な恐怖感を煽られる。・・・・・・動かせたとしても、ここは廃墟だから無意味だろうけれど。
しばらく硬直していると、あるいはさせられていると、背後から足音が響き始めた。
ああ、色々考えても、俺はどうする事も出来ないらしいな。と、ナニカは悟った。
銃
廃墟に戻ると、廊下で同業者らしき影を見つける。強ち、目当ての拠点が被ってしまったのだろう。
眼の前に居る同業者らしき影は、ピクリとも動かない。……自分の能力が健在であると分かり、少しばかり安心した。
銃は、眼の前に居る同業者の影に、一歩ずつ近寄る。足を一歩踏みだす毎に靴の音が、コンクリート造りの箱の様な廊下に響き渡る。この音は、相手に聞こえているのだろうか?と、銃はいつも疑問に思っていた。ただ相手は硬直させられているのだ、と言うことだけが分かっているものの、能力を使われる側がどんな心持ちをしているのかは、銃本人は知らない。
静止した相手を観察したこともないし、能力の範疇を確認しようとも思わない。ただ単純に面倒だからだ。『片目だけの視界に入った生き物は、視界から外れるまで静止し続ける。』そこまで分かっていれば十分だった。
例えば、上空を飛んでいる鳥を片目だけで見つめれば、見つめられた鳥は空中でピタリと止まり、地面まで真っ逆さまに落下する。そして落ちた鳥を視界から外せば、その鳥はまた動き出し、先程まで飛んでいた空まで戻っていく。遥か上空からアスファルトに叩き付けられたというのに、何故無事なのかは分からない。もしかすると、ビルの屋上から飛ぼうとしている人間も、この能力でなら助けられるかもしれない。実際に試したことは無いし、今後も試すつもりはないが。
この場合は退くべきか、どうなのか。現在、銃はそこを問題視していた。実際、こんなトラブルは初めてであり、対処の仕方も把握していない。相手と会話するべきだろうかとも考えるが、攻撃的な同業者だったら、それはあまり美味しくない。
ここは一旦、能力を解除し、遠くで隠れての様子見が安全だろうな、と銃は判断した。とりあえず後ろ姿だけは確認しておこうと、相手の背後まで、片目を瞑ったまま歩いて近寄る。
2メーター程の間隔まで近付き、そこから観察する。身長は自分と同じくらいで、贅肉の全く無さそうな痩身だ。ストレートな髪は黒く、肩まで届く長さだった。服装はTシャツにジーンズだけという、割と軽めの恰好をしている。特に武器になる様な物は持っていない。
さて、一旦退こう。
片目を瞑ったまま相手の背中を見つめながら、後に向かって歩く。視界から外してはいけない事に、気を配らねばならない。そのまま、物陰に隠れられる様な位置まで歩いた。
銃は緊張を解き、両目を開けた。相手がどう動くかを確かめるため、廊下の角から、耳を澄ます。



